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History of TRUTTA 「THE GALATIN REEL」これが始りだった。 1980年代 スタッカーを製作したのは実に1983年のこと。 より毛足の揃うスタッカーを追求した結果、作ってみようと思ったのがきっかけだ。 時はドライフライ全盛期、FFの中心はドライフライと言っても過言ではない時代である。 とりわけカーフテールをポストにしたパラシュートフライを多用していたこともあり、スタッカーは 必需品であった。 当時のスタッカーのほとんど(知っている限りの全て)はアルミのパイプをフレアーさせた軽量な 物ばかり。更に毛足の出る部分が長く、短いマテリアルには不向きな物も多かった。 スタッカーの構造は至ってシンプル。上下に振動させて毛足を揃えるためだけのツール。 ところが意外とノウハウがあることに気がついた。 より振動を与えるためにはパイプは重い方が良いのではないかと考え、真鍮の削りだしでいろ いろな肉厚や長さなど数点試作を繰り返し、ようやく今の形になったのである。 同時に小型化したミッジも製作した。普通のトライフライであればこちらで充分にカバー出来る であろう。
真鍮で製作したこのスタッカーは、当時とすればある意味画期的だったと思う。 アメリカにも渡り、プロのタイヤーにも愛用していただいた。 使えば使うほど渋さを増し、未だに現役で当時のものを使用している。普通に使用すれば壊れ ることはないから、この先もこれで通すことになるだろう。 その後もツールを数点試作をしてみたが、その中でもフィニッシャーはかなりの自信作である。 個人的には今でも愛用している。当時マタレリタイプのウィップ・フィニッシャーは慣れないと使 いづらく、もっと簡単にフィニッシュできるツールは出来ない物だろうかと、あれこれ考え、よう やく形になったものだ。糸を横から捕まえるだけで、作業性が格段と良くなった。 しかしこれは商品としては世に出ることはなかった。 リールの製作は80年代半ばである。 '70年代に店頭に並んでいた両軸リールを初めて見たときに受けた衝撃は忘れることが出来な い。 A.L.Walkerと刻まれた刻印が印象的なそのリールは、他のフライリールとは確かに一線を画し ていた。これが本当にフライリールなのかと思う半分、なぜか懐かしさをも感じてしまったのだ。 当時の主流は既にHARDYのマーキスやORVISのCFOに代表されるアルミ製の穴あきタイプの アウトスプールのリールである。フライリールと聞くと真っ先に連想するあの形である。 情報がショップ以外にほとんど無かった時代に、いかに両軸リールが異質に見えたかはお分 かりいただけると思う。 しかし80年代に入ると両軸リールは店頭から姿を消す。 時代と共にフライリールの世界から両軸リールが消えていった理由は簡単だ。 グラファイトの出現によりバンブーロッドが淘汰されていったのと同じ理由である。 時代は常に機能的な新しい物を求める。しかし同時に古い物への執着も忘れてはいない。 新しい物はトレンドを作り、古い物への執着は骨董という価値を生み出す。 どちらにも属さない物はいつしか世の中から消え去る運命なのだ。 更にこれらを周期的に繰り返しながら進歩し続けるのである。 Walkerは既に骨董の仲間入りを果たしていた。 当時の定価の倍以上の高値が付き、更に滅多に市場に出てこなくなった。 あこがれへの執着は時として執念に変わる。 「もしかしたらリールも作れるかもしれない。」 紆余曲折しながらも、こうしてできあがったのが「The Gallatin Reel」。 方眼用紙に描かれた図面の枚数は相当な数に達した。しかしそのほとんどがゴミ箱に入り、最 終的に残された20数枚の図面が職人の手によって形にされた。 部品が出来上がったときの期待は、まるでプラモデルを組み立てる前の少年の気分だった。
構造は正確には片軸片受けとし、軸受けにはオイレスブッシュを使用。 最後まで苦労したクリッカーはコイルスプリングを採用することで何とかリールの形になってき た。Walkerとは比べものにならない出来だが、当時としてはこれでも充分に満足できた。 両軸リールは基本的にスプール交換が出来ず、オイルフリーにしようと考え、ギアを真鍮、クリ ックに工業用樹脂を採用することによって、無給油での耐久性を持たせた。 そしてこの基本構造だけは今だに変わってはいない。 第一号のこのリールは当時千葉にあった大型量販店直営のフライショップから依頼を受け50 台出荷している。試作を含め仲間内で10台配っているから、世に出た数は60台ということか。 このリールが出来たことにより、次なるリールのステップへと繋がっていく。 一つの形が出来上がると、更にいろいろなことを試してみたくなるのだ。 そして今だにこの連鎖から抜け出せないでいる。 TRUTTAの名で最初に出したリールはBシリーズの3機種である。 B01、B02、そして里見氏デザインのMr.Kei。Mr.Keiは未だにモデルチェンジすることなく店頭に 並んでいる。 BシリーズのBはBRASSのBである。 前作はアルミと樹脂を組み合わせて作ったが、より質感を出すためブラスとアルミの組み合わ せで製作してみたのである。このシリーズは更に真鍮のポリッシュタイプとニッケルメッキのタイ プを製作。 更に88年に雑誌に広告を掲載したところ、多くの反響があった。 そしてここから東京のショップで取り扱って頂くことになる。
続いてすぐにロングセラーモデルのAM-1を製作。 メインにアルミを使用し、軽量化を図りグラファイトロッドとの相性を考慮。また両軸リールにし て、モダンなイメージを作ってみたかったのである。 前作2機種に比べ格段と完成度が高くなった。 AM-1は穴あきタイプがメインで、ロゴ入りは広告用に製作したのだが、セールスでは圧倒的に ロゴ入りに人気が集中した。 バリエーションとしてシルバー、ゴールド等も製作したが、こちらの台数は極めて少なく 現行品はブラックのみとなっている。 1990年代 90年を挟んで日本はバブル景気に湧く。 FF業界も、爆発的に海外からいろいろな物が入ってくるようになってきた。 今まで知らなったロッドやリール。さらにはフライ人口の急増に伴い、国産でもあらゆる商品が リリースされた。 それまで圧倒的な人気を誇っていたOrvisのCFOも日本ではニューフェイスのABELに押されて くる。 デザインはさほど変わらないが、つや消しアルマイトのCFOに比べ、ABELの表面処理は艶が あり、明らかに斬新的だった。 しかしこのABEL人気も長くは続かない。 80年代後半からのバブル以降、あらゆるモノが溢れ供給過多の時代に入る。そして多様化の 流れが加速していく。少しでも人気が出るとすぐに大量に市場に出回ってしまうため、商品の 寿命自体が短くなってしまったのだ。 新しい商品が次から次へと登場しては消えていく中、同時にアンティークタックル・ブームともい うべき現象も此の時期から日本でも起こっている。今まで海外の雑誌でしか見ることの出来な かった数多くのアンティークタックルを目の当たりにすることが出来るようになったのだ。 とりわけEdward Vom Hofe。 最初にこのリールを見たときには、あまりの完成度の高さに思わず息をのんだ。 生産技術が進歩すればするほど、逆に作れなくなってしまう物の存在があることを知らされた のである。 機械加工品は基本的に工業用品である。誰が作っても同じ物が出来上がるのが量産技術 だ。 ところが機械加工品にあって、手作りの要素をふんだんに盛り込んだ製品は、制作者によって 製品の表情を確実に変えてしまうのである。 精度はもちろんのこと、デザインとしてのバランスが抜群なのである。 誰でも同じ物が作れれば、腕の良い職人はいらなくなる。 ものつくりに長けた日本人の本質は手先の器用さにあったはずである。 そしてチャレンジするつもりで設計したのがTR-1。試作の発表が確か89年だったと記憶してい る。更にこれがTR-2、TR-3、TR-1Nへと繋がっていく。 特にTR-1Nは苦労した製品だ。ニッケルシルバーのメタルバンド方式(正確には当時の方法で はなく、リングに圧入後ピンにて固定する方法)、ハードラバーのポリッシュ等、相当な手間が かかる。当時の職人達の技量と忍耐力には敬服する。 結局TRシリーズは現在TR-7まで作ったが、TR-5だけは市場に出さず試作だけで終わってい る。カナダのコインを埋め込んだ両軸リールで3台製作したが、手元には1台も残っていない。 まさしく幻のリールとなった。
生きながらにして伝説になったリール職人、Stan Bogdanがいる。 独自のドラッグシステムを持つサーモンリールが真骨頂だが、彼が作った小型リールに人気が 集中した。とりわけBaby Troutと名付けられたナロースプールモデルは人気の的である。当時 オーダーして6年待ちと聞いたことがある。 この受給のバランスはとてつもない値を付けたりすることがある。現行品であるにもかかわら ずアンティーク市場で定価を大きく上回った価格で取引されていた唯一のフライリールである。 クラッシックタイプでありながら現代的なディティールを持つ、いわば穴あきタイプのワンピース カットの両軸リール。90年代以降ボグダンタイプのこのリールは両軸リールのスタンダードとな っていく。各リールメーカーがこぞってこのタイプのリールをリリースし出した。 TR-4は軽量穴あき両軸リールの流れをくみ、グラファイトロッドに合うシャンパンゴールドのリ ールとして設計した。 フレームをピン固定式にしたため、ワンピースとは違ったイメージに仕上がった。ブラックフェイ スとゴールドフェイスの2種類を製作したが、同色のゴールドフェイスは個人的にはWinstonのグ ラファイトロッドに合わせている。 グリーンとゴールドは何とも相性が良く、バランスも良い。
TR-4の量産の後、型にはまったリールではなく、もっと自由なデザインを目指すようになる。TR -4のニッケルバージョンでXR45を試作。これは後にNKシリーズへと受け継がれる。 また同時にカスタムリールも受けるようにもなる。バンブーロッドメーカーからのOEMも受けた。 96年にショップを開店したこともあり、年に2機種のペースで新製品に取り組んできた。リールメ ーカーにしてみればかなりのハイペースである。スモールマーケットでは少量多機種生産は避 けては通れない道である。またこの頃よりCADで設計するようになり、効率が以前に比べ格段 に上がったことも一因としてある。 中でも印象的だったのがTMだ。デザイン優先で設計したらどうなるかへの挑戦である。今まで の常識を打ち破ったが、実践ではどう考えても使いづらいに決まっている。 当然それを承知で作ったわけだからネーミングもTM(トラブル・メーカー)とした。 ところが実際に使用したところ、心配した巻き込みもなくほぼ普通に使用できた。 もう一つデザインを遊んだリールにR2がある。 スプール、フット以外を全て工業用樹脂の削りだしで作り、三目クロノグラフのような配置でエ ンブレムを取り付けたミルキーなイメージのリール。 この2台は賛否両論だったが、作り手としてはかなり面白かった。 今後もこのようなイメージのリールを手がけてみたいと思っている。
HARDY社のPERFECTは実に良くできたリールである。 質実剛健のお手本のようでPERFECTの名にふさわしい機能をも備えているし、なにより大人 の遊び道具としての風格がある。基本開発から100年という長い間売れ続けた20世紀の傑作 といえよう。 英国ではこのようなプレートを回転させるタイプのリール(バーミンガムスタイル)が各社からリ リースされている。クランクハンドルに比べ、ヨーロッパ的なエレガントなイメージを受けるから 不思議である。 そこでアメリカン両軸リールと平行して、このバーミンガムリールにも取り組んでみた。 それがPBシリーズである。 ツマミ以外の外部の凹凸を一切排除し、非常にシンプルなできあがりで、アンティークというよ りもむしろモダンなイメージに仕上がった。更に遊び心でプレートにエッチング処理を施したPB -POPなるリールも数台であるが製作した。 また真鍮製の小型版、PBスペシャルを後に追加。こちらはどちらかというとアンティークをイメ ージしたリールである。 この後、更に進化させた湾曲のプレートを持つ小型化した機種もデザインしてみたが、これは 今のところ図面の段階で止まっている。 使用すればするほどに味わいが深くなっていく素材の代表格がブラス。 それを更に表面処理を施すことによって、アンティーク調に仕上げる。Mr.Keiを仕上げた頃か らこの処理方法は使われてきた。そしてこの処理を最大限渋くまとめてみようと思いデザインし たリールがVITAだ。 VITAはインスプールのライズドピラー型リールである。アメリカのスケルトンタイプを削り出しに よって高級感を持たせたイメージ。スプール側よりもむしろ後ろ姿が気に入っている一台だ。
2000年代 21世紀に入ると、FF市場も更に特化していくことになる。 FFは完全に定着したもののジャンルや釣り方が細分化され、釣りや道具に対する嗜好性がよ り強くなっていく。 これは90年代にMAXを迎えたフライ人口も新規に参入する釣り人の数が減り、逆ピラミッド型 の市場へと変化していった結果と思われる。 これにインターネットの普及が拍車をかけた。 今までは断片的な情報を想像力で繋ぎ合わせ、イメージを膨らませていたのであるが、情報の 氾濫は便利な反面、この楽しみを奪ってしまった。 こと趣味の世界ではおぼろげに見えていた方が興味深いことがしばしばあるのである。 デジタル化社会にあって、釣りだけはせめてアナログでありたいと思う。 TR-7、NK3はより嗜好性の高いリールとして設計された。 どちらもDT3ハーフライン用という小型両軸リール。短尺バンブーロッドのショートグリップに合 わせても全く違和感のないサイズ。どちらもニッケルシルバーを多用し高級感を持たせ、細部 のデザインにも凝ってみた。このアナログリールばかりはバンブーロッドが一番似合うのかもし れない。
早いもので気がつけば最初のリール製作から20年の月日が経った。 今までにデザインしてきたリールはバリエーションやカスタムを含めれば30機種を超えている。 中にはデザインで終わってしまっていたり、図面やあるいは試作の段階で日の目を見なかった シリーズもある。 利便性を追求すれば確かに無駄が無くなる。 ところがこの無駄こそが物事の過程であり糧であり、そして余裕である。 Stan Bogdan以後、多くのカスタムリールが日本に入ってきた。 Saracione、Robichaud、そしてSisikyou。 しかしながら21世紀に入ってから、彼らは次々とリール製作から撤退してしまった。 ラージアーバー全盛期にあって、この手のリールには手を付けることなく・・・。 寂しい限りである。 自分はといえば、最新モデルのAM2の設計から既に2年が過ぎてしまっている。 が、今後も面白いモノを作ろうという意欲だけは未だ失わないでいる。 2006年11月 |
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